2017年12月10日日曜日

【書籍推薦】世界5都市のリアルと人間の業と本質に迫る近未来SF 直木賞候補作 『ヨハネスブルグの天使たち』

https://honto.jp/netstore/pd-book_25601090.html
舞台は近未来で、世界的恐慌と民族紛争の厭世

観が続く、世界の5都市。ヨハネスブルグ、ニュー

ヨーク、アフガニスタン、イエメン、北東京。この世界

は日本製の音楽玩具人形DX-9が国境を越えて普

及し、あるところでは兵器として、あるところでは人

種絶滅政策からマイノリティが生き残るための最後

の拠り所として、またあるところでは衰退した町の

片隅で静かに活動している。(この玩具音楽人形は

ボーカロイドの初音ミクがモデルと思われます)。








著者は幼少期より92年までニューヨーク在住とのことで、本作

は鋭い国際的視点とハードボイルド風の簡素な文体で、人間

の業と本質に迫りつつ、国家・民族・宗教・言語の意味を先に

述べた日本製ホビーロボットを媒介にして、リアルに問い直す

才気ある骨太の作品に仕上げてあり、さながら国際報道ルポ

の最前線を見ているような気分になります。

直木賞候補作になっただけの見事な手腕と思います。



紛争地域における戦闘の描写もマイケル・マン監督の作品の

ように、乾燥したタッチで描写されているところが、リアル感を

醸し出しており、 特に中近東の埃臭さが漂ってくるようです。



連作の短編集ながら、各話の結びに様々な参考文献(国内外

の学術書など)が出ており、作品の硬質さと、難民問題、中近

東の紛争などが蠢く現実世界と、作中で描かれるドン底まで

疲弊しても紛争を止めない人類の虚無感をリンクするための

裏打ちになっていて、読者を悪夢と希望が交差する世界へと

連れて行きます。



9.11の悪夢を再表現する『ロワーサイドの幽霊』は他の収録作

品とは違う、建築学的、幻想的、哲学的な要素が強い作品です

けども、対テロリズム戦争の始まりを見つめ直す意味で、辛くも

読み応えがあり、ここから話は加速度的に進展していきます。



話し全体を通して、先のハードボイルドフィーリングも相まって

哀しさや虚無感(特に民族や精神性に対する虚無感)が充満

しているのですが、一方で希望を捨てきれない人間の優しい

眼差しがあるのも特徴です。残虐性と寛容さは相反するもの

じゃなくて、表裏一体の性であることや、自由至上主義(リバ

タリアニズム)という名の全体主義への懐疑などが本作では

提示されています。



本作の結末作品となる『北東京の子供たち』はSFとしては異色

な「団地小説」の形式で描かれており、登場人物の少年少女の

切なる願いや、ヴァーチャルの世界へ引きこもることを楽しみに

する大人たち、衰退商店街で音楽玩具人形DX-9が「看板娘」と

して歌う姿は哀しくも、荒廃した未来を望まない著者の優しさが

添えられているかのようです。



すこし難解なところもありますが、混迷を増してきた国際情勢の

なか、現代社会を問い直す意味でもお薦めしたいSF小説です。

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