2017年10月21日土曜日

【書籍推薦】ロンドンの薫り高い珈琲店の店主の人情と正体とは? 『深煎りの魔女とカフェ・アルトの客人たち』

第5回ネット小説対象受賞作品で、著者の天見

ひつじ氏は、空と飛行機、お酒と珈琲が好きな

新人兼業作家です。『ビブリア古書堂の事件手

』のあと、レトロさやヴィンテージを背景にした

ノベルスは飽和している感がありますが、この作

品はコーヒー、焼き菓子、カクテルのふんだんな

薀蓄と、ビタースイートで心温まる人間模様のオ

ムニバスが店内の豊潤な薫りと絡まって、その

世界に同席しているような気分になります。








舞台は20世紀初頭ごろのロンドンのブルームズベリー街。

ひっそりと佇む、『カフェ・アルト』の女店主アルマは、「深煎り

の魔女」とあだ名され、彼女の珈琲、焼き菓子、カクテル、料

理に魅了される紳士淑女は数知れず。(話の冒頭で彼女が

ネル・ドリップで珈琲を淹れるシーンがあるが、この技術的

な意味がわかった読者は「渋い!」と思うこと必死だろう)。


そんな彼女の店で繰り広げられる、恋物語り、連続猫殺しの

推理、米国開拓帰りの英国紳士のウイットな話、仕事バカな

若き保険市場マンの話(英国はあの有名な船舶保険ロイズ

のある国ですね)、老いぼれた元炭鉱労働者の友情話、そし

て徐々に姿を見せてくるアルマの、お師匠様の正体とアルマ

自身の秘密などが、ほのかに苦くて甘い魔法にかかったコー

ジー・ストーリーを織り成します。


この本を読みながら、気になったので食文化雑誌「dancyu

(ダンチュウ)の2015年10月号の特集記事『コーヒー カフェ

ラテ エスプレッソ』を読み返してみると、なるほど珈琲という

日常的飲み物は本来、求道的に向き会わなければならない

ものではないが、大手店舗やお客の顔色を気にしていたら

負けてしまう、「僕(私)勝負」の世界であるし、ドリップの技

術や、牛乳の泡立てなど一方では腕前が試される世界観

あるのも、また然りなのを痛感すると共に、作者はコーヒーを

本当に愛して勉強しているし、これを土台にした世界を表現

したかったのだなぁ、と思いました。


繰り返しですが、レトロとファンタジーという手垢の付いたジャ

ンルで、著者は上記の薀蓄にビターでスイートな人間模様を

絡ませることで、普遍的で王道な娯楽小説を手堅くやっての

けています。コーヒー片手に休息して読みたくなる一冊です。


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